縁 起

 ときどき、私は思い出すのである。あの頃のことを。
遠くから、遠くから、耳鳴りの様なひぐらしの声が聞こえて来る夏の早朝。私たちは平安の美しい物語を朗読し、有明の月を待った。
 霧の深い中に、私たちは永遠に美しい少年のままいた。時折は月をめがけて魂を翔ばした。魂は青く光る一本の線となって月に翔んだ。そのころ月には生き物がいる様子だった。月の上でもひぐらしの声は聞こえて来る様だ。もしかしたら月の生き物の声かもしれない。かそけき声ではあった。
 じっと耳を澄ませていると、その声は古い古い詩編のようにも聞こえた。私たちは香の匂いに酔いながらそれらを書き留め、また時には低い声で何度も暗唱し、そのまま物語に編んでみたのである。